本丸へいよいよ攻め入る。
本丸に向かって真っすぐに進んでくると、破却されまくった石垣が。当時は高さ5メートルくらいあったと想定され、二ノ丸からまっすぐ来ると目隠しのように立ちはだかっていたことでしょう。
本丸正面は発掘調査前は埋められていて、この辺は駐車場になっていました。
発掘調査時でこの写真の石垣の周りから人骨が大量に出土。この人骨は完全に揃った骨はほとんどなく、部分的に出土しているという。見せしめ、一揆民への憎しみ、キリスト教独自の概念「復活」を恐れたのかどういう動機かはわかりませんが、遺体はバラバラにされたのでしょう・・・。
一揆軍の遺体処理をする際に、城の破却と遺体を一気に片付けるために遺体を集めて上から破却した石垣の石を落として栗石など細かい石をかぶせ、さらに土で覆って埋めたと考えられています。この発掘調査結果については有馬キリシタン遺産記念館にはそのレプリカが展示されています。
左端に人が写っているので石垣の規模がわかるかな?これが高石垣だったとしたらそうとうなプレッシャーを与えることができるよ。
本丸に入るには正面を右折して本丸正門跡を通過します。
本丸について
ここで本丸について説明。原城の本丸は南東に位置し、海に面した絶壁の上にあります。
本丸正門跡を通るとコの字型に曲がる。この桝形、でかいな!
「ブラタモリ 島原・天草編」によると、この桝形を出たらカクカク曲がって最後に本丸門を通って本丸へ向かうそうだ。
今回の散策ログではこう歩いて行きました。
上が本丸正門(本丸への入口)。「原城」のピンが立っているところが本丸なのだけど、正門から入って逆コの字になっている桝形を通ってあっさり本丸に入ってきてしまった。
本来はこうだったらしい。
何回曲がればいいんだ!
そして曲がるにつれて桝形がどんどん小さくなってきて通路が狭くなってくるという。
怖っ!
原城を訪れる際には、石垣に囲まれていることを想像しながらカクカク曲がって本丸までの順路を体感してください。
本丸正門
その恐ろしい本丸への道のりは、本丸正門をまず突破しなくてはならない。
本丸正門は付近から瓦が大量に発見されていることから瓦ぶきの櫓門だったと推測されています。
本丸正門を入るとコの字型に広がる桝形。
埋門跡
本丸正門の次にあった門は埋門(うずみもん)だったそうです。
あえて石垣を露出させてくれているところが嬉しい。
本丸門跡
本丸正門、埋見門を通過して一段あがったところにある本丸門跡。ここが本丸への最終難関ポイント。櫓門が建てられていたと考えられています。
島原一揆の跡に徹底的に破壊されたため、礎石さえも一部が欠落しているそうな。櫓門を抜けると右に曲がる階段があったのだけど、その階段の踏み石も一部しか残っていません。
ところどころに解説があるのだけど、肝心の発掘当時の写真がどれも傷ついて見られなくなっているのが残念。ぜひ修復してください!島原の偉い人!
階段部分は補修されていてうっすらとしか段差がわからないですが、本丸から階段を下りて左に本丸門があり、本丸の外に出ていく。もちろん両サイドは平場ではなく石垣がそびえたっていたことを考えると、本丸門から先、本丸への入口は狭く絞られていたことがわかる。
本丸門跡を通過すると、いよいよ本丸です。
2021年3月に天草・島原の城と世界遺産めぐりをしました。 1泊目の島原では「原城の宿 城」に泊まりました。 原城の宿 城 その名の通り、原城の三ノ丸の先、史跡指定範囲を出てすぐなところにあり、原[…]
本丸編へ続く
島原城→丸尾城→日野江城→原城2日目
富岡城→世界遺産・キリシタン遺産めぐり(大江教会→崎津集落・崎津教会)→久玉城→河内浦城→下田城→小豆カフェでランチ→本渡城→明徳寺→金浜城→棚底城→リゾテラス天草
原城の宿 城
原城の三ノ丸の先、ぎりぎり史跡指定されていないところにある2018年にリノベーションしたばかりのホテル。コンパクトな宿で1人で城めぐり旅で泊まるのにちょうどよいです。朝食、夕食は敷地内の別棟の「割烹 城」でいただくのですが、グレードアッププランにしたらものすごいボリューム!海の幸だけでなく、今回は時間がなくて食べられないかなぁと諦めていた長崎名物の具雑煮や南蛮コロッケもいただけました!原城のすぐそばなので原城の朝駆けのための前乗りの宿としておすすめです。
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