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本渡城

本渡城 基本情報

天草氏代々の居城。現在は海からは少し離れているものの、「船之尾」という地名から近くまで海が迫っていたと考えられている。
広範囲に広がる尾根上に曲輪群が広がり、整備されている殉教公園と天草キリシタン館を含む、一説には惣陣山から千人塚がある殉教公園までが城域だったとも考えられている。

  • 出丸:殉教公園丘陵部(千人塚があるところ)
  • 二ノ丸:天草キリシタン館のある丘陵部:かつて二ノ丸と呼ばれていたが、現在は本丸とみる説もある。
  • 本丸:惣陣山
  • 城主居館:明徳寺

殉教公園のある出丸、天草キリシタン館のある二ノ丸は、整備時の発掘調査で15~16世紀の出土遺物が発見されているので「城」として機能していたといえるが、山の奥に入った種元碑~城内馬場~権現山、矢繰場ではまだ城跡に関連する出土遺物は確認できておらず、まだ全容は解明されていない。

歴史をさかのぼると、天正17年(1589年)の天正天草合戦の舞台となった城でもあります。肥後を治めることになった秀吉の部下、加藤清正小西行長のうち、小西行長が天草を統治することになる。地元の領主「天草五人衆」が小西行長の与力となったが、行長からの宇土城建築への協力を拒んだことから戦いに発展。本渡城は当時、天草地方で最大級の規模の城でしたが小西行長・加藤清正の連合軍に攻められることに。本渡城の城主だった天草伊豆守種元は洗礼名をドン・アンドレというキリシタンでもあり、城内にはキリスト教会が存在していたといいます。城内にいた宣教師や周辺に住むキリシタンたちも城に立て籠もり、最後は城主の種元は自害、多くのキリシタンの命とともに本渡城は落城しました。
宣教師ルイス=フロイスはこのときのことを「天草キリシタンの悲劇」として記録を残し、ローマヘも報告しています。

時代が下って、寛永14年(1637年)の島原の乱では島津藩と一揆勢が激しい戦いが繰り広げられます。

天草四郎率いる一揆軍が本渡城など天草支配の拠点を攻撃。本渡城内の公園化されているところには、その時の戦死者を弔う千人塚があります。

1589年の天正天草合戦ではキリシタンとともに戦い、1637年の島原の乱ではキリシタンから攻められるという、城の歴史のターニングポイントとなる時にはキリシタンの人々が密接に絡んでいたという城です。

発掘調査では16世紀中頃~後半と考えられる焼土面が確認されていて、土師器皿なども出土しているが、キリシタンに関連する遺構や遺物は出てこなかった

  • 築城年:永禄年間(1558年〜1569年)?
  • 築城主:天草氏
  • 種類:?
  • 天守: -
  • 主なタイトル:  -
  • 主な遺構:曲輪、堀
  • 文化財指定: - 
  • 所在地:天草市船之尾町19-52(天草キリシタン館)
  • アクセス:熊本市から車で2時間/天草空港から車で15分
    JR「熊本駅」もしくは三角線「三角駅」からバス「本渡バスセンター」から徒歩20分
  • 駐車場:天草キリシタン館に8台停められる
  • トイレ:天草キリシタン館
  • 売店・食事処など:なし 殉教公園はベンチなどゆっくりくつろげるスペースもなし
  • 女子城メグラー 難易度:★★★☆☆
    公共交通機関利用組には難所。(おそらくここへ行くのに公共交通機関利用組は少ないと思うが・・・。)
    天草キリシタン館から殉教公園までは一方通行の車道の横に歩道があり、散策はしやすい。広義で城域と考えられる惣陣山まで行くとすると、案内が無いので単独は避けるべし。
    居館跡?二ノ丸?と考えられる明徳寺へは歩いて行けなくもないが車で5分はかかるので歩くと30~40分くらいかかると思われる。
  • 縄張図:
    本渡城
    本渡城 案内図より

    城域は明確ではなく、写真の青線説(天草キリシタン館の高台~千人塚周辺)紫線説(天草伊豆守碑を中心に明徳寺周辺や天草高校まで)がある。

 

本渡城 見どころ

  • 明徳寺 異人地蔵と石段の十字刻み
    天草キリシタン館と殉教公園自体には城の遺構はなく、明徳寺がおすすめ。キリシタンから仏教とへの改修促進として建てられた城には異人の顔をした地蔵や十字が刻まれた石段がある。

 

本渡城 写真

  • 2021年7月31日
  • 2021年8月1日

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