- 2025年8月18日
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兵庫県 有馬温泉瑞宝園 銀泉と神戸牛しゃぶしゃぶ そしてグルメ
2024年2月 姫路城の特別公開を見に行くついでに有馬温泉に泊まりました。 鉄分を多く含み、その色から「金の湯」と呼ばれる泉質と、無色透明なことから「銀の湯」と呼ばれる2つの泉質が有名で、日本三古湯のうちのひとつ。 有馬温泉は豊臣秀吉が愛した温泉地で、派手好きな秀吉は「金の湯」を愛して9回も有馬温泉 […]

刀傷を癒したり、戦時中のリフレッシュだったり、部下たちを接待したり。
戦国武将たちも温泉は大好き。ここでは戦国武将にまつわる温泉とおすすめスポットを紹介します。
| 須賀谷温泉(滋賀県長浜市) |
| 小谷城のふもとに湧く温泉で浅井長政やお市が湯治に通ったと伝わる。 現在は一軒宿が小谷城のふもとにある。 合わせて行きたい城 小谷城 |
| 猿ヶ京温泉(群馬県みなかみ町) |
| 上杉謙信が越後から三国峠を越えて宮野(当時の地名)に来た時に吉夢を見た日が庚申の年・申の月・申の日、そして謙信の生まれ年も申年だったことからこの地を「申ヶ今日」と改めるとした。それが訛り「猿ヶ京」となったいわれている。 合わせて行きたい城 猿ヶ京城 |
| 草津温泉(群馬県吾妻郡) |
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武田信玄の古文書に「忍びを使って上杉謙信が草津で湯治した」ことを突き止めた記述がある。謙信は温泉に入った記述は他に無く、唯一の情報源とされる。 |
| 貝掛温泉(新潟県南魚沼郡) |
| 上杉謙信が関東攻略の際に兵の英気を養い。傷を癒すために貝掛の湯に浸からせたと伝わっている。 |
| 関温泉(新潟県妙高市) |
| 戦国時代には「関山の湯」と呼ばれていた。上杉謙信の隠し湯と伝わる。 |
| 野沢温泉(長野県野沢温泉村) |
| 謙信が野沢温泉に入ったという記述はないが、第三次川中島の合戦の際に当時は野沢温泉は上杉領で、謙信が川中島出陣のときの拠点にしていた飯山城が近く、野戦病院のような扱いだったとされる。 合わせて行きたい城 飯山城 |
| 伊香保温泉(群馬県渋川市) |
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長篠の戦いの後、武田勝頼に命じられて真田昌幸が兵士の療養のために伊香保温泉を整備させたと伝わる。 |
| 草津温泉(群馬県吾妻郡草津町) |
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湯本幸政など湯本氏が仕えていた吾妻斎藤氏から離反して武田氏についたことにより、その功賞として武田氏より三郎右衛門に草津湯を宛がわれたことから温泉開発・温泉経営が始まったとされる。武田氏滅亡後には真田氏についた。 |
| 熊の湯温泉(熊の湯温泉) |
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1848年に佐久間象山が発見した”松代藩の最後の隠し湯”。ヒスイ色の珍しい温泉。真田氏の隠し湯の伝承もある。 |
| 別所温泉(長野県上田市) |
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上田藩の藩主となった真田信之の領内にあったことから藩の財源として温泉地を管理・利用したと考えられている。武田家臣であった小幡信貞が武田家滅亡後に真田昌幸を頼り、別所温泉で隠遁生活を送ったとされている。信之がこの信貞を訪ねては囲碁の相手をしていたという伝承がある。真田幸村(信繁)ゆかりの温泉地とされる場合もあるが、小説『真田太平記』が伝承化していった。 |
| 加賀井温泉(長野県長野市松代町) |
| 「加賀井温泉」は今は松代温泉で、一葉館のみ名乗っている。武田信玄が湯につかった記録は無いが、「武田の隠し湯」の伝承がある。 |
| 川浦温泉(山梨県山梨市) |
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武田信玄が開発を命じ、利用していた隠し湯のひとつで、「山県館」は武田四天王の山縣昌景の子孫が温泉を管理している。 |
| 下部温泉(山梨県見延町) |
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武田信玄の父・信虎の代から武田家公認の温泉で保養地として利用されるようになり、穴山信君(梅雪)が統治した。 |
| 中川温泉(神奈川県山北町) |
| 武田信玄が北条との合戦後、相模出兵の帰りに負傷した兵を休ませた温泉地と伝わる。信玄の名を使った温泉宿もある。 合わせて行きたい城 河村城 中川城 |
| 湯村温泉(山梨県甲府市) |
| 湯村温泉があった一帯は志摩庄という荘園があった。信玄が「湯(温泉)で傷を癒した」という文言は一件しかなく、『甲陽軍鑑』には「塩尻峠の戦いで負傷し、志摩の湯へ湯治に訪れた。幸い浅手であった為、10日ほどの湯治で完治」と記述がある。 合わせて行きたい城 湯村山城 |
| 秋保温泉(宮城県仙台市) |
| 古くは平家の落人伝説がある温泉地。仙台藩主となった伊達政宗が湯あみのための御殿をこの地に造り、伊達家の家臣となった佐藤家が湯守として湯殿を管理し続けてきた。「佐勘」ホテルには政宗の書状が残る。 |
| 青根温泉(宮城県川崎町) |
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慶長11年(1606年)に伊達政宗が青根温泉に入湯し、ここで過ごした思い出を忘れないように「不忘」と名付け、現在の「湯元不忘太閤ホテル」の屋号となっている。藩主用の御殿が設けられたことから「御殿湯」と呼ばれている。 |
| 小野川温泉(山形県米沢市) |
| 天正17年(1589年)に米沢城下で馬に乗っていた時に落馬して骨折した伊達政宗が治療とリハビリで滞在したとされる。伊達家の保養地であり、政宗の父であった輝宗の湯殿があったという。 |
| 飯坂温泉(福島県福島市) |
| 飯坂は伊達政宗の側室であった飯坂局ゆかりの地。「飯塚(いいざかのこと)より温湯(ぬるゆ)を汲寄せらる」の記述が残っている。(BSプレミアム「武将温泉2」より) |
| 箱根底倉温泉(神奈川県箱根町) |
| 天正18年(1590年)に秀吉の小田原攻めの時に疲れを癒したと伝えられている谷底にある自然石の「太閤石風呂」がある。徳川家康や秀吉の側室の淀殿も訪れたという。 |
| 有馬温泉(兵庫県神戸市) |
| 秀吉は有馬の湯を気に入り「金泉」と名付けたエピソードが残る。レジャーやリラクゼーションのためだけでなく、接待の場として利用した。近年、秀吉が建てた湯山御殿の岩風呂と蒸し風呂遺構が発見され、屋内展示されている。 |
| 蔵王温泉(山形県山形市) |
| 永禄4年(1561年)に最上義光が父親に随行し、家臣らとともに酢川温泉(現在の蔵王温泉)に出向いた。当時に来た際に家来たちと力比べをして重さ約50貫目(約190kg)の大石を軽々と持ち上げたと伝わる石がある。 |
2024年2月 姫路城の特別公開を見に行くついでに有馬温泉に泊まりました。 鉄分を多く含み、その色から「金の湯」と呼ばれる泉質と、無色透明なことから「銀の湯」と呼ばれる2つの泉質が有名で、日本三古湯のうちのひとつ。 有馬温泉は豊臣秀吉が愛した温泉地で、派手好きな秀吉は「金の湯」を愛して9回も有馬温泉 […]
有馬温泉の豊臣秀吉の足跡をたどる旅。 最後はかつて秀吉が「いくら見ていても飽きない」と褒めたたえたという瑞宝寺公園です。 瑞宝寺跡へ いきなり話がずれますが、今回宿泊したのは有馬 瑞宝園というホテル。温泉街の外れ、坂を上った先というあまりアクセスは良くないのですが(でも銀泉の温泉 […]
豊臣秀吉の湯山御殿跡の発掘調査で出てきた岩風呂遺構、蒸し風呂遺構の見学を終え、「太閤の湯殿館」を後にする。 Googleマップで気になっていた「帯曲輪の石垣」を見に行くぞ! 湯山御殿 帯曲輪とその石垣 まとめ 「太閤の湯殿館」がある極楽寺から念仏寺にかけての一帯に「湯山御殿があっ […]
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2024年2月。兵庫県の有馬温泉に行ってきました! 有馬の湯は日本三古湯のうちのひとつ。その歴史は古代まで遡り、時代の権力者に愛され、戦国時代には豊臣秀吉が9回も訪れたという名湯なのですが、1995年1月の阪神・淡路大震災で有馬温泉にある極楽寺の庫裏の下から秀吉が築かせた「湯山御殿」の一部と考えられ […]