白河小峰城にふるさと納税して城下町散策ツアーに参加してきた!

2022年11月。東北の玄関口となる福島県の白河小峰城に行ってきました!
東日本大震災で崩れたりずれてしまった石垣は2016年に訪れた際は修復中でしたが、今はすっかり積みなおされ、観光客も戻ってきていました。
白河小峰城にふるさと納税をしていて、今回はそのリターンである白河小峰城の城下町めぐりツアーに参加してきました!訪れたスポットはすべては掲載しきれなかったので、ダイジェストでお届けします。

「小峰城一石城主プロジェクト」とは

今回の企画は『小峰城一石城主プロジェクト』と銘打ったふるさと納税企画で、白河小峰城の現在の玄関となる清水門を復元するためのもの。1000円寄付するごとに「一石」とカウントし、白河藩の石高の最大15万石にかけて、1億5,000万円の寄附を募っています。寄付すると「城主証」がもらえるんだけど、これで小峰城歴史館の入館料が割引になる特典もあるんです。
今回の町歩きツアーはそのリターンとして企画されたもので、白河市の文化財課から発掘に携わっている方、文献に詳しい方が当時の古地図を見ながらガイドしてくれるというとても贅沢な特典でした!

※今回は城以外のスポットもまわっているため、白河小峰城については、東日本大震災後の石垣を積みなおしていた様子と現在の様子とともに城に焦点を当てた記事を別途書く予定です。

白河小峰城は現在もふるさと納税を受付中。こちらに掲載しています。

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ふるさと納税でお城を応援!

城下町めぐりツアー スタート!

ワタシが参加したのは午後出発組だったのだけど、実は午前中は自転車を借りて、白河の町を散策していました。今回は城下町めぐりツアーということなので、きっと奥州街道沿いを散策するだろうと予想して、関川寺館土塁を見に行ったり、白河小峰城の本丸からは少し離れた石垣跡や名所をめぐっていて、その時に奥州街道を歩いている集団を発見!やっぱり奥州街道を歩くのね。と思ったのだけど、今回のツアーはそんなもんじゃなかった!白河小峰城についてもじっくり学べて奥州街道の雰囲気も味わえる、3時間に濃縮された見どころがたくさんあるツアーでした!

白河小峰城

午後組の出発は13:00。企画いただいた方々からお話をいただいて、清水門の前で集合写真を撮ってスタート!

清水門

二の丸と本丸を結ぶ重要な門。高さは11mもあり、小峰城内では最大の櫓でした。

白河小峰城 清水門と本丸の三重櫓
白河小峰城 清水門と本丸の三重櫓

発掘調査によって11基の礎石が確認されました。それはなんと、松平定信が藩主の時代に作成された「白河城御櫓絵図」の記載内容とほぼ矛盾が無いことがわかっているそうです!

この清水門の奥にある本丸石垣が大迫力なんだけど、この本丸石垣についてはまた別の機会に。

藤門から北側に伸びる石垣

二の丸の東にある藤門を抜けて北側に連なり、竹ノ丸に続く石垣。藤門には来たことあったけど、この石垣はじっくり見たことなかった。また素敵な石垣ですこと。

白河小峰城 藤門から北の石垣
藤門から北の石垣
白河小峰城 藤門北の石垣
藤門北 切込接の隙間なき石垣

 

藤門北側の石垣の中でもこの場所がすごい!まるでレンガでアーチを造る時のような石垣の積み方!

白河小峰城 藤門から北の石垣
アーチ状に積まれた石垣

左側は石垣の石もきれいに成型されて隙間なく積まれているが、右側にいくほど整形も積み方も粗い。

これはそれぞれ左側、右側から複数人や複数グループで石垣を積み始めたことにより、最後の帳尻あわせでこのような積み方になったと考えられているそうです。

この「複数人や複数グループで石垣を積み始めた」ことがわかるというのがこれだ!

石垣に刻印を発見!

天下普請というわけでもないのに石垣に刻印がある!

白河小峰城 藤門北側の石垣
「⊥」と刻まれた石

「⊥」と刻まれているのがわかるだろうか?
この周辺では「⊥」と刻まれている石が多く、中には「コ」型のようなものもあるそうです。

ちなみに本丸の西には「+」、竹ノ丸の南面には「h」型が集中しているということで、各グループが分担したという説も大いにあり得ると思う。

そんなことを考えながら次のスポットを目指します。

移築復元された太鼓櫓

次にやってきたのは藤門から東にある、移築された太鼓櫓

白河小峰城 太鼓櫓
移築されてここに落ち着いた太鼓櫓

小峰城の櫓と伝わる建物で、かつては小峰城の二の丸の南側の入口にあたる太鼓門の西側にあったとされていて、一部の小峰城絵図にも描かれています。

何度も改修が入っているため、内部はすっかり茶室仕様になっている。平成27年(2015年)に最後の持ち主から市へ寄贈されましたが、老朽化や東日本大震災によって倒壊の恐れがあったためいったん解体し、令和4年(2022年)の今年に現在の位置へ移築修復工事をへて移築されました。解体工事の際に建築部材を年代測定調査したところ、柱や桁など構造材の一部は江戸時代に伐採された木を使っていることが判明。小峰城の建造物は江戸時代末から明治初期にかけてすべて焼失・破却、そして売り出されたりなどしたため、この太鼓櫓が唯一現存する貴重なものということです。
幕末に残っていたとしても、戊辰戦争で焼失しただろうに・・・残っているのはまさに奇跡!

実はこのツアーでは来ないだろうと予想していて、来たとしても内部は見ないだろうと午前中に内部含めて見学済みでした。ちゃんとこのツアーで室内も見学させてもらいましたよ!
ツアーでは人が多かったのでワタシは中に入らず。内部写真は午前中に撮影したものです。

2階建てなのだけど、2階へは入口に入ってすぐ右にある物入れの下の扉から上がっていくようだ。大きな丸窓があるようで、見学できないのは残念。

太鼓櫓がある前には「北小路」という細い道が通っていて、江戸時代は北小路御門と東にある田町御門とを結んでいた道で、白河小峰城では主要な道だったという。宅地開発などで当時の城内を思い起こせるところは少なくなったけれど、この北小路はそのままの道で、この道を歩いて田町門の方向まで進みました。

そして田町門跡から向かったこの石垣がすごかった!

東側 裏の丘陵地の石垣

田町門跡から北に歩いて到着したのがこの石垣。長いぞ!!!

白河小峰城 東側丘陵地の石垣
本丸の東側の丘陵に築かれた石垣

位置的には、白河小峰城の本丸の東側に伸びた丘陵地の北面に当たるところ。長さは180mもある!
バイパス道路を通すのに令和2年~3年にかけて杉林を伐採したことにより、ものすごいお宝が見られるようになりました!ありがたい。
この石垣の位置からすると、本丸ははるか右の奥。本丸の位置から考えると、かなり離れているのにここまで石垣で固められていたとは!これはぜひ実際に足を運んで本丸とこの石垣との距離感を体感してもらいたい!

※写真は午前中にひとりで来たときに撮影したもの。午後に撮影すると逆光になって石垣がうまく撮れないので要注意です。

>> 白河小峰城の城下町散策 奥州街道を歩いてみた!

白河小峰城 一石城主プロジェクト
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