有馬温泉③ 秀吉の湯山御殿 帯曲輪と石垣を見に行く

豊臣秀吉の湯山御殿跡の発掘調査で出てきた岩風呂遺構、蒸し風呂遺構の見学を終え、「太閤の湯殿館」を後にする。
Googleマップで気になっていた「帯曲輪の石垣」を見に行くぞ!

湯山御殿 帯曲輪とその石垣 まとめ

「太閤の湯殿館」がある極楽寺から念仏寺にかけての一帯に「湯山御殿があった」と推測されているが、湯殿館の裏(南側)も湯山御殿の敷地で、石垣や曲輪があるという。

太閤の湯殿館 館内の説明『曲輪』
太閤の湯殿館 館内の説明『曲輪』

太閤の湯殿館にあった『曲輪』の案内板と発掘調査資料「湯の山御てん」を参考に、湯山御殿の帯曲輪と石垣の特徴についてざっくりまとめました。

湯山御殿 帯曲輪と石垣の特徴
豊臣秀吉の時代の16c後半の天正から慶長年間の特徴をもつ石垣で、湯山御殿の建設に伴って築かれたということが判明している。
野面積みの石垣で高さ約7m総延長70m以上
その上は帯曲輪になっていて、見たままの印象通りに横長に広がり、幅は約5m~最大15m。テラス状に平坦になっている。
「帯曲輪の周囲には長屋づくりの築地塀が巡らされていて、北側には建物もあったことが確認されている」と案内板で解説されているが、発掘調査資料によると、隅櫓も存在していたようだ。

 

湯山御殿 帯曲輪へ

Google Mapで「太閤の湯殿館から帯曲輪」の経路探索をすると遠回りをさせられるのだけど、太閤の湯殿館の前にある庭園跡から見えたあの石垣じゃないか!と思い、とりあえず向かってみる。やっぱりこの石垣だった!

湯山御殿 帯曲輪の石垣

極楽寺 太閤の湯殿館と帯曲輪の石垣
太閤の湯殿館と帯曲輪の石垣

柵があるのでこれ以上は近づくことができないけれど、迫力がある石垣なのです。

湯山御殿 石垣・帯曲輪の解説
湯山御殿 石垣・帯曲輪の解説

見たままの印象通り、横長に広がっていて幅は約5mから最大15mという帯曲輪は、建物があったとしても大規模なものではないだろう。

案内板によると「帯曲輪の周囲には長屋づくりの築地塀が巡らされていて、北側には建物もあったことが確認されている」とあったが、発掘調査結果資料によると、隅櫓も存在していたようだ。

帯曲輪の縁辺では石垣上に巡らされる多聞とよばれる長屋づくりの城壁、帯曲輪の北隅では隅櫓の存在したことが確認され、湯山御殿の構造は重層的なものであることが判明したのです。

ゆの山御てん 有馬温泉・湯山遺跡発掘調査の記録 P.39より

 

湯山御殿 帯曲輪の石垣
湯山御殿 帯曲輪の石垣

「帯曲輪の石垣の上は遠目で見ていても平たく、テラス状になっていることがわかる。

湯山御殿 帯曲輪の石垣
湯山御殿 帯曲輪の石垣

 

湯山御殿 帯曲輪の石垣
湯山御殿 帯曲輪の石垣

 

湯山御殿 極楽寺側から見た帯曲輪の石垣
極楽寺側から見た帯曲輪の石垣

石垣の全体像を見るなら(入場料を払うことになりますが)極楽寺の「太閤の湯殿館)の前、庭園跡越しがベストポジションです!

湯山御殿 太閤の湯殿館と帯曲輪の石垣
太閤の湯殿館と帯曲輪の石垣

発見当初はツタや雑草に覆われていて、取り払ってみたら野面積みの石垣が出てきた!というけれど、逆にこの規模の石垣が隠れていたということがすごいよ。
それが秀吉の時代の16c後半の天正~慶長年間の特徴をもつ石垣で、湯山御殿の建設に伴って築かれたことが判明するって、二重の驚きですね。

石垣を十分に堪能したのでその上を探検しに行くことに。

帯曲輪の裏 温泉神社へ

「湯山御殿の構造は重層的」に造られているということで、じゃぁ、その裏はどうなっているのだ?と帯曲輪の裏にある温泉神社まで行ってみることに。
「温泉神社」と書いて「とうせん神社」。温泉守護の神を祀っています。

有馬温泉 温泉神社へ
温泉神社へ

帯曲輪の石垣の裏には温泉神社への階段が続く。
構造的にはこの左側から帯曲輪に入れる(入れなくても上から眺めることができる?)と思っていたのだけど。

有馬温泉 温泉神社の参道から眺める
温泉神社の参道から眺める

何回か往復して帯曲輪方面に横道があることに気づく。
だけどこの高さだとたぶん帯曲輪のテラスより上になるだろうなぁ。まぁ、そもそも帯曲輪の上には建物があり、立ち入ることは難しいだろうと、この道を行くのはやめました。

温泉神社の社殿に到着。
温泉神社は「子宝・子授けの神」としても有名で、それは有馬温泉の効能(体が温まる)からもきているのでしょう。

公式サイトには神社の成り立ちは詳しく書かれていなかったけれど、Wikipediaによると以前はこの山の山麓の「温泉寺」にあり、明治時代に今の場所に移されたようだ。

秀吉の時代はこの場所には何があったのだろうか。
湯山御殿は位置的に「太閤の湯殿館」を挟んだ反対側にあったので、この山を景色として楽しんで露天風呂(岩風呂)につかったか?でもこの下の帯曲輪には多聞長屋があったというし、その上となるとやはり御殿もしくは秀吉なら「展望台」みたいなのを造ってもおかしくないだろうな、など想像してみたり。

豊太閤之塔

温泉神社から帰る道すがら、ここでも発見。豊太閤之塔です。

有馬温泉 豊太閤之塔
有馬温泉 豊太閤之塔

秀吉が好みそうな黒と金の案内板に「秀吉が有馬を訪れた時に、杖で地面を突くと温泉が湧き出てきた」という伝説が書かれている。

天正十七年、豊臣秀吉有馬に来たり給いし時、戯れに此處に温泉涌き出なば、異國までも我が旗下に属する前兆ならんと、杖を以て穿ち給えば、忽ち温泉湧き出る。
故に豊臣公願の湯と云う。一名瀧の湯、又上の湯と云う。其の後何時の頃にか、温泉が出ない様になりましたから、其上に當山の庫裡を建て、今は書院の下に其のあとをとどむるのみである。然して後に祈念するため、五輪の塔を建てたのが、則ち今當山の中庭にある、豊公の塔である。
一説には、慶長三年戌、二月十日、慈心坊尊恵の塔の下より、方一尺五寸の湯口、俄然熱鹽湯湧出、湯玉立事一尺五寸云云とあり。
年代に於て、九年差違あれど、歴史上、事実なりしは、疑う餘地なし。

有馬温泉 豊太閤之塔

「天正17年(1589年)に秀吉が有馬に来た時に、おふざけで『ここから温泉が出てきたら、異国までも自分の配下になるだろう」と杖を突いたら温泉が出てきた!」ということだ。秀吉は有馬温泉に湯に浸かりながら明への出兵を考えたということだし、トータルですべてが伝説化し、それを記念した五輪塔だそうな。
何度も言うけど、有馬の人々、秀吉が好きすぎる!


太閤の湯殿館

  • 住所:神戸市北区有馬町1642
  • アクセス:神戸電鉄有馬線 有馬温泉駅から徒歩10分。極楽寺内
  • 営業時間: 9:00~17:00(最終入場は16:30)
  • 駐車場:不明 行った感じでは無かったようです。

有馬 瑞宝園
2024年2月に宿泊しました!
有馬温泉の温泉街からは奥のほうにあるため有馬温泉駅からは徒歩20分。しかも坂道を登るという少々アクセスは悪いですが、他の宿より安くて泊まりやすく、コスパの良いホテルです。夕食には神戸牛のしゃぶしゃぶ!おいしかった!温泉は「銀泉」に入ることができます。
秀吉が囲碁を打ったという碁盤の石がある瑞宝寺跡は散歩圏内です。

 

秀吉が日が暮れるまで過ごした瑞宝寺公園編へ続く


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湯山御殿 帯曲輪の石垣
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