富岡城 島原の乱を乗り越えた城 ~島原・天草の城めぐり(7)

  • 2021年7月19日
  • 2022年5月7日
  • 富岡城
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百間土手を通過し、鈴木重成像がある追手門跡付近を通過。二ノ丸の下にある駐車場に車を停め、まずは二ノ丸から探索開始です。

 

富岡城 百間石垣 案内図
富岡城 案内図

二ノ丸の下の駐車場に車を停めて、二ノ丸石垣を仰ぎ見る。

富岡城 二ノ丸石垣
二ノ丸石垣

実はもうここが最大のクライマックスといってもよい。

見どころ 二ノ丸 三重構造の石垣

富岡城の復元整備の際に二ノ丸西側の石垣で寺沢氏、山崎氏が手を加えた跡が見つかっています。

富岡城 二ノ丸 石垣は三重構造だった
二ノ丸 石垣は三重構造だった
富岡城 二ノ丸 三重構造の石垣 解説
二ノ丸 三重構造の石垣 解説
  1. 一番奥が寺沢氏の築いた石垣。島原の乱の時の一揆軍との攻防戦で傷ついた跡が石垣表面に残っていた。看板の写真を見ると黒焦げのようになっているのがわかる。真っ黒いすすや油状の物質がこびりついています。
  2. その手前の二番目の石垣はこの石垣を隠すために急造したと考えられていて、途中で崩壊。裏込め石が露出していた。
  3. 最も手前の石垣は島原の乱後の領主・山崎氏が城の修復を行った際に築いたもの。そして戸田氏が破城の時に破壊

危険は承知だけど、修復前の三重構造の石垣を見て見たかったな。

 

そしてその三重構造を具現化したのがここだ!

富岡城 三重構造の石垣の展示
三重構造の石垣の展示

この場所は三重構造になっていた打込接ぎの高石垣を展示している場所。一番奥の石垣の黒くくすんだ部分が天草・島原の乱の痕跡が残る石組です。
ワタシが撮った写真は石垣全体が入るように引いて撮っていて、「三重」がよくわからなかったのでGoogle ストリートビューをキャプチャしました。

一番奥は島原・天草の乱当時の石垣。さらに最奥にある石垣を封印した後に崩壊した石垣手前の低い段は戸田忠昌の破城により壊された石垣

使われている石がまばらで、三重構造と言われてもピンとこなかったけど、この場に立てば、奥、真ん中、手前と三重構造のイメージがわく・・・はず?

崩壊の危険性は多々あるけど、案内板の写真のままのほうがすんなり理解できると思う。この「復元イメージ展示」はわかりにくいですなぁ。

 

高石垣の展示を見終わったら、二ノ丸の北側から進入。

 

 

折れながら登ってていきます。

 

富岡城 本丸 多聞櫓
本丸 多聞櫓

右側に見えるのが復元された本丸の多聞櫓「富岡ビジターセンター」になっています。
本丸に行きたいところだけどまずは二ノ丸から。写真の石段を登ると左右に分かれますがまずは左へ。

 

二ノ丸

二ノ丸には長屋が復元されています。うーん。・・・イメージしていた長屋とちょっと違う。

苓北町歴史資料館
二ノ丸長屋 苓北町歴史資料館

現在は苓北町歴史資料館になっていて、富岡城の資料展示がされているそうです。
料金は大人300円だけど、富岡城の御城印はここでの販売になるので、御城印コレクターは忘れずに!

 

富岡城 二ノ丸
二ノ丸

広々とした二ノ丸。どんな建物がどの配置で立っていたのでしょうか。

富岡城 富岡回天の碑
富岡回天の碑

二ノ丸には富岡にゆかりのある4人の銅像が建てられています。

  • 鈴木重成と正三和尚:島原の乱後に天草の復興に貢献した人物
  • 勝海舟と頼山陽:幕末に富岡を訪ねた人物

まぁ、公園化されているので文句は言えないけど、幕末の姿でいいので城にまつわる建築物を建ててほしい!

富岡城 本丸が奥に見える
本丸が奥に見える

現在地は二ノ丸。奥に見えるのが本丸です。

 

富岡城 現在地は二ノ丸 一段上がると本丸
現在地は二ノ丸 一段上がると本丸

本丸は一段高い場所にあります。

 

本丸と出丸を散策。あれは三ノ丸への降り口か!?

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