- 2022年6月5日
- 2023年10月17日
新井城② 美しい!主郭の南側の土塁を見に行く!
「道寸祭り」でふだんは非公開の主郭付近の土塁と櫓台跡を見学したあとは、いつでも見学できる西の曲輪と油壷湾側のハイキングコースを散策しました。 ふだんは非公開の主郭部付近についてはこちらから 西の曲輪 油壺キャンプパーク周辺が西の曲輪で、キャンプパークとホテル京急油壺 […]
三浦一帯を治めた三浦一族の終焉の城。築城年は不明。築城者は三浦盛時という説もあるが伝承レベルで詳細は不明。
油壺温泉のホテル京急油壺 観潮荘付近に「内の引橋」があり、その先の半島が新井城のメインの部分。東京大学大学院の属臨海実験所(通常非公開)付近が本曲輪だったとされる。
三浦氏4代目の義明、5代目の義澄とその息子の義村の時に源頼朝の源氏再興に味方し、平家討伐と鎌倉幕府設立に貢献した。義村が亡くなった後に息子の泰村の時に三浦家の本家は滅び、義明の子である佐原義連(さわらよしつな)が三浦を継いだ頃に佐原盛時によって新井城を築城したと伝わる。
時代が下って扇谷上杉氏から三浦家に養子に入った義同(よしあつ)の時代に北条早雲が相模へ侵攻。居城であった衣笠城を追われ、その嫡男である義意(よしおき)とともに新井城へこもり、早雲と戦った。
健闘むなしく3年の籠城ののち、新井城は1516年に落城。
その後は北条方の城となったが豊臣秀吉の小田原征伐後の天正18年(1590年)頃に廃城となった。
年に一度、5月に行われる「道寸祭り」にいつもは遊歩道からフェンス越しにしか眺められない空堀を間近で見ることができる。
東大地震研究所敷地内(道寸祭りの時のみ公開)
いつでも見学できるところ
内の引橋まで来ると見どころはコンパクトにまとまっているので所要時間は小一時間ほど。工程差もさほどないので散歩感覚でまわれます。
油壷湾を臨む三浦半島の先端にあり、周りは断崖という要害の地に築かれていた。
散策ログ内にS(スタート)マークがあるのが「東京大学臨海実験所」。新井城の本曲輪だったとさらえ「御殿跡」と伝わっている。「外の引橋」「内の引橋」と2つの引橋を通らないと堀切を越えて主郭には到達できないようになっていた。
内の引橋の堀切は、散策ログで青アイコンが3つ並んでいるところ付近。
外の引橋は三崎口駅から新井城までの中間地点くらいにあり、散策ログでいうと画像でいうと右端のピンク線が二股になっているところのやや上あたり。「引橋」と地名が残っていてバス停の名前にもなっている。
なし。
三浦市民交流センターが2022年の道寸祭りの際にガイドツアーを実施。Webでの告知画面で新井城のジオラマを掲載していて、それがわかりやすい。
⇒未病ウォーク番外編新井城ガイド~道寸祭り
三浦半島といえば三崎まぐろ!
三崎口駅付近にはお店はありませんが、新井城のある油壺、三崎漁港付近で三崎まぐろが食べられるお店があります!
2022年5月29日。神奈川県の三浦氏、油壺で開催した「道寸祭り」で特別公開された新井城へ。ふだんは私有地で見学ができない主郭付近の空堀と櫓台跡を間近で見てきました! 新井城を見に行ったらランチで食べたいのは三崎まぐろ!三浦はまぐろが[…]
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